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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)243号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

上告人兼辯護人石黒忍の上告趣意は「第一點、原判決は採證の法則を誤り、日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第二條第十二條等に違反した憲法違反の判決である。原審は「原審相被告人大治金光及び池田竹男は昭和二十一年十月三日午前零時頃実包を裝填した拳銃一挺及び短刀一口を携へて岡山市山崎町二十番地西政一方に侵入し同人に對して交々右拳銃及び短刀を突付けて「金を出せ、出さぬと撃つぞ」等と申向けて脅迫し右政一を畏怖させた上同人所有の現金百七十圓及び背廣服上着同ズボン各一枚を奪い取ったが右犯行に先だち被告人は同月二日午後九時頃同市上石井中筋池屋旅館で右大治等が強盗の用に供することを知り乍ら大治に對して実包五発裝填の拳銃一挺及び短刀一口を貸與し以て同人等の前記強盗行爲を幇助したものである。」との事実を認定し上告人新井を強盗幇助罪に問擬したのであるが右強盗幇助の事実を認定するに當ってその證據として上告人新井及び相被告人池田竹男に對する各豫審第一回訊問調書中の供述記載、相被告人大治金光に對する豫審第二回訊問調書中の供述記載竝びに被疑者池田竹男に對する司法警察官の聽取書中の供述記載等を引用したのである。本件において上告人新井に不利益な證據は法令に依りて作成せられたのでない前掲聽取書の如きは姑く措いて、(イ)上告人新井に對する豫審第二回訊問調書中、十月二日午後七時頃突然池田ガ二人ヲ訪ネテ參リ二人ニ「良イ仕事ガアル、夫レデ借金ガ拂ヘヤウ、就イテハ拳銃ト短刀トヲ都合シテ呉レ」ト申シテ歸リマシタ。私ハ池田ガヨイ仕事ト云フノハ何レ何所カニ這入ツテ金カ物ヲ盗リ其ノ際短刀ヤ拳銃ヲ利用スノデハナカラウカト云フ想像ハツキマシタガ……其ノ夜大治ニ拳銃ト短刀ヲ手渡シマシタという供述と(ロ)大治に對する豫審第二回訊問調書中翌二日午後七時頃池田ガ私ト新井ノ居ル池田屋ニ參リ私ト新井トニ「良イ仕事ガアル、借金ハ拂ツテヤル、西川ヲ渡ツテ柳川筋ヘ行ク迄ニヨイ所ガアル、今夜十一時頃カラ行ク」ト云ツタノデ私ハヨイ仕事トハ何所カニ押込ミ金ヤ品物ヲ盗ル事ダト思ヒマシタノデ一緒ニ行クコトヲ承諾シマシタガ新井ハ行クトハ云ヒマセヌガ拳銃ト短刀ヲ貸シテ呉レルコトヲ承諾シマシタという供述の二つである。然るに池田はこの點に關して豫審第二回で、大治ト新井トガ居ルト云フ池屋ニ行キ新井ハ奥ニ居リ大治ガ出テ來タノデ其ノ事務所ノ話ヲシ「今夜十一時頃カラ行ク、新井ニ其話ヲセズ拳銃ト短刀トヲ借リテ來イ」ト申シテ歸リマシタと供述していて前二者と符合しないのみならず原判決が斷罪の資料に供した證據はいずれも公判外における關係人の供述であるのに第一審公判廷においては上告人新井は固より大治も豫審の供述を翻して池田の豫審における供述と符合する供述をし尚大治は原審においても證人として上告人新井は大治、池田が強盗をすることは知らなかった旨同上告人に有利な證言をしているのであってすなわち原判決が證據に引用した前掲各供述は右の池田、大治の公判廷における公然且つ自由なる供述によって完全にその證據力を失ったものといわねばならぬ。かように解することが刑事訴訟法應急措置法第九條に「予審はこれを行わない」と規定した趣旨からいっても正に日本国憲法の趣旨に従った刑事訴訟法の解釋であって刑事訴訟法第三百三十七條の「證據ノ證明力ハ判事ノ自由ナル判斷ニ任ス」との規定はこの範圍において制限を受けるものと信ずる。尚辯護人は被告人に直接訊問の機會を與える趣旨において證人として大治金光の訊問を申請し原審はこれを容れて辯護人の右證據の申出を採用されたのであるが刑事訴訟法應急措置法第十二條は一應被告人に對し直接訊問を爲すの機會を與えた以上は司法警察官の聽取書であろうと豫審調書であろうと公判における供述であろうとそのいずれを採って判斷の資料に供するかは専ら判事の自由に委ねられているので即ちわが刑事訴訟法の大原則である自由心證主義は毫も應急措置法によって變更又は制限を加えられたものではないと解するのは少なくとも日本国憲法の精神に副わない解釋であって公判外における供述を録取した書類は公判廷における供述に裏付けられて初めて證據力又は證據價値を有するに至ると解するを正當なりと信ずる。そうすると結局本件においては豫審以前における被告人の自白が唯一の證據であるから上告人新井を有罪と認めることはできない。然るに原審は公判廷における關係人の供述は全くこれを無視し豫審或は警察における隠密の取調の結果のみに基ずいて上告人新井を有罪と断定したのは叙上の理由によって不法であって原判決は破毀を免れないものと信ずる。」というにある。

刑訴應急措置法第九條で、予審は行わないと規定したからといって、同法施行前に、適法になされた予審判事の被告人等に對する訊問調書が、そのために證據能力を失うものでないことは、無論のことであり、又、予審判事の訊問を受けた共同被告人や證人が、その後公判廷において、予審とは違った供述をした場合、予審の供述を録取した調書が、當然にその證據力を失うものでもない。かような予審調書が、どの程度證據としての價値を持つかは、一に裁判官の自由裁量にまかせられたところであって、公判における供述を證據にとるか、または、これを信用するに足らぬものとして予審訊問調書を證據にとるかは、全く、裁判官の自由である。刑訴應急措置法第十二條は、證人その他の者の供述を録取した書類について更に公判で、その供述者訊問の機會を與えた上でなくては、かゝる書類を證據とすることはできないと定めたのであって、むしろ、かゝる機會を與えた上は、裁判官の自由の心證に從って、その供述録取の書類を證據とすることができる旨を定めたものと解すべきであって、所論のように、同條によって、刑事訴訟法第三百三十七條に定められた證據に関する裁判官の自由心證主義が制限せられたと解すべき何らの理由もない。論旨はすべて理由がない。

よって、刑事訴訟法第四百四十六條に従ひ、主文のとおり判決する。

右は全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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